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複数回の転職や、社会人になってからの海外留学のリスクについて

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わたしは現在30歳ですが、職歴は三社あり、その間2回も海外留学しています。

日本は終身雇用制度が崩壊したとは言え、まだまだ一社で長く働くことを良しとする風潮があります。

ですので、転職回数が多いことに不安を覚えることもありますが、それでも自分の選択は正しかったと思えます。

なぜなら金のためにやりたくないことをダラダラやっていてもただの時間の無駄だし、能力をつけながら計画的にキャリアチェンジをすれば、みんなが言うほどリスクはないからです。

この記事を読んでいる人の中には、会社を辞めたいとか、海外で生活してみたいとか、独立してみたいとか、そう言う夢を持った人もいるでしょう。

今回はそんな人に対して転職や海外留学のリスクについてのお話をしたいと思います。

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直属の上司のようになりたいと思えなかった新卒時代

23歳の頃、西新宿にあるオフィスビルの高層階で新卒社員として働いていました。

当時働いていたこの会社は平均年齢が低く、若くて元気のいい、ややベンチャー気質な会社でした。

当時の直属の上司は33歳。子どもも2人いて、当時の新卒の私からしたらかなり大人でした。

確かに、この年齢で一家の大黒柱として頑張っている姿には感心しましたし、都心でバリバリビジネスをしているのは凄いことです。

しかし、どんなに感心しても凄いと思っても、数年後に上司のようになりたいとは思えませんでした。

会社内で能力を認められて、普通に昇進して、結婚して、子どもが生まれる。そういった人生を自分が歩みたいかと言えばちょっと違う。

もっとハジけたい。海外に出てもっといろんな世界が見てみた。

いつしか私は、この会社の上司たちのようにはなりたくないなと思うようになっていきました。

新卒の会社を辞めて、24歳で起業

あの頃の私は書店にある起業系のビジネス書を読み漁り、独立した人の話を聞きにいったりしていました。

なぜなら、自分の人生を変えるには、起業して成功するのが手っ取り早いと思ったからです。

そして会社で三年目を迎えた頃、会社の同僚(共同経営者)と飲食の分野で起業しました。

最初は学園祭のようなノリで楽しかったです。大学時代の友達をバイトに雇ったりしてみんなで楽しく働いていました。

しかし一年経たないうちに、金銭感覚の違いから共同経営者との関係に亀裂が入り、私たちの関係は修復不可能なものになっていきました。

(会社の備品を無くしたりしても何も思わない等、コスト意識が極端に低い人でした)

やがて私は共同経営者の考えや行動に我慢できず、一方的に退社してしまいます。

自分で設立した会社から逃げるという、かっこ悪いことをしてしまったのです。

その時の周囲からの評価は最低でした。新卒の会社の人たちからは白い目で見られたし、当時仕事上取引があった人たちとは今でも会うことができません。

しかし同時に学んだことも多かったです。

ビジネスでも結婚でも、パートナーとの金銭感覚の違いはない方がいいということ。

財務諸表を読めることがいかに重要かということ。

第一印象はものすごく大切で、お客さんはシビアだと言うこと。

一度「この店は美味しくない」と思われたら、二度と利用してもらえないということ。

会社設立から二店舗目を開くまでを一通り経験できたこと。

バイトとの接し方。

などなど、学んだことは挙げ始めたらきりがありません。

特に私の場合は赤字で倒産したわけではないので、経営に関しては自信を失っていませんでした。

また必ず挑戦したいです。

台湾留学〜台湾の現地企業で働く

自分で作った会社から逃げ出しニートになってしまいました。

それでもまた会社員になったら人生が元に戻ってしまうと思い、なんとかして会社員にならなくても行きていける方法を模索していました。

色々考えているうちに、自分が学生時代によくアジアを放浪していたこと、海外語学留学がしたかったけどできなかったこと、海外生活が一度はして見たかったこと等を思い出しました。

「また会社を作ってもいいけど、せっかくだから何か違うことがしたい。そうだ、俺は昔から海外生活がして見たかったんだ!」

と言うわけで海外生活の候補地について考え始めました。

まず、第一候補として挙がるのが、アメリカやカナダ、イギリスなどの英語圏の国々。

当時ちょうど大学時代の後輩がカナダに住んでいたので、カナダを第一候補国にしました。

次に、ここ数年発展しているアジアの国々。

特に、新卒で働いていた頃は中国系企業との取引が増え、中国の存在感は日に日に増していましたので、上海あたりの中国語学校もいいと思いました。

しかし少し前に反日暴動があったことと台湾に友達がいたことから、候補国を台湾に変更します。

カナダか台湾か・・・。

どちらもものすごく捨て難かったです。

例え中国がものすごいスピードで発展しているとは言え、やはり英語が超重要なことには変わりないです。

また、常識的に考えても英語の方が潰しが利きそうですしね。

でも私みたいな凡人が今更英語を勉強して、果たして何年も英語を勉強してきた人たちに勝てるのでしょうか?

だったらまだまだ学習者人口の少ない中国語をやって、競争人口の少ない中で戦う方がいいのではないだろうか?

迷っていたわたしは次第にこう考えるようになっていき、ついには台湾での中国語留学を決意します。

その後、私は台湾の高雄という街で1年9ヶ月中国語を勉強し、そのまま台湾で就活をして、台湾企業に就職しました。

最初は会社員に戻ることに抵抗があったけど、海外就業に興味があったし、未経験でも翻訳をやらせてもらえるとのことだったので、これもチャンスだと思い、台湾で会社員をやりました。

結果、翻訳のスキルが身についただけでなく、台湾人のビジネスの仕方や考え方も分かり、貯金もできて、充実した三年間を送ることができました。

関連記事:海外の現地企業で就職するために必要な準備

デンマーク留学

台湾で三年間働いたのち、2016年7月からデンマーク留学をしました。

台湾で働いていた時から数年以内に台湾で起業しようと心に決めていましたが、事業のためには欧米人の考え方を知っておく必要があり、英語も勉強したいと思っていたので、デンマーク留学をすることにしました。

あ、ちなみに、デンマークには英語で勉強できる学校がいくつかあり、デンマーク人の英語もすごく上手なので、隠れた英語留学先となっています。

(デンマーク留学について詳しいことは別の記事にまとめてあります。)

先日デンマーク留学から帰ってきましたが、結果的に、英語でのコミュニケーションはスラスラできるようになったし、全寮制だったので欧米人の生活を知ることができたし、オーロラ見たりしていい思い出ができました。

関連記事:スウェーデンのアビスコでオーロラ観賞をしてきたので、オーロラ旅行する人が絶対に知っておきたいことをまとめる

スキルを身につけながらキャリアチェンジ

転職とか留学って言うとマイナスなイメージがありますが、各段階でちゃんとスキルを身につけていれば問題はないです。

これは私が新卒で入社した人材会社で仕事をしながら感じたことであり、実力を持ってる人なら職歴が何社あってもバンバン転職が決まってました。

大丈夫、絶対に飢え死にしないから

転職や留学や起業はこれまでの生活を捨てないとできないことです。

だから勇気が必要だし、みんななかなかその一歩が踏み出せない。

でも、先進国に生きる私たちが飢え死にすることはないです。

金がなくなったら、極論友達にご飯を奢ってもらうことだってできるし、バイトで稼ぐことだってできるじゃないですか。

(なるべくしたくないですが笑)

なぜそれができないかと言うと、プライドが邪魔をするからです。

いい大人が友達にご飯を奢ってもらうなんてカッコ悪いとか、30過ぎてバイトしたくないとか、そう言うプライドが邪魔をする。

でも何か大きなことをしようと思ったら、持っていたものを捨てないといけない。

ホリエモンも言っていたけど、これを端的に表した言葉「ゼロになるのを恐れるな」は名言だと思います。

ある程度の人生計画は重要

細かく計画し過ぎて行動がガチガチになるのも良くないですが、無鉄砲すぎるのもよくないです。

私の場合は、30歳で職歴が三社あり、留学を二回しているので職歴のブランクも大きいです。

それでも英語と中国語はできるようになったし、貯金もある。

全く収入がなくても台湾でなら2年は貯金を崩しながら暮らせる。

しかも2年間全く収入がないと言うことはまずないだろうし、万が一貯金が底を尽きてしまっても、日本語教師だってなんだってできるじゃないか。

そう、飢え死にすることはないんです。

そう考えると、2年〜3年のうちに事業を軌道に乗せればいいことになります。

以前起業した経験から言うと半年で黒字まで持っていくことは難しくないです。

この通り、ガチガチすぎない人生計画を立ててします。

そしてやっぱり思うのです。

「あ、海外留学2回しても転職3回してても、飢え死にしないしそんなにリスクないな」ってね。

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